『CROSS OVER』第八話
第八話 『交錯のラプソディ』
私には一種独特の癖があった。
何もすることがないと、
自分だけの空想の世界に入り込んでしまうのだ。
昔話によくあるお菓子の家の話や、
女神の現れる綺麗な泉。
自分を物語の主人公にあてはめて、
平凡な日常をなんとかやり過ごしていた。
……もちろん楽しい空想ばかりではなかった。
たとえば……、
家に一人でいるときに、
もし泥棒が入ってきたらどうしようとか、
道を歩いているときに、
もし今足元に大きな穴が開いたらどうしようとか…。
そんな取るに足りない空想。
そして何事もなかったことに安堵し、
退屈な日々に僅かな刺激を自分で作り上げていたのだった。
もし、プロンテラが火の海に包まれたら…、
もし、街中で凶悪なモンスターと対峙することになったら…、
もし…、大事な仲間を失うことになったなら……。
私はいったいどうすればいいのだろう。
「…よくもまぁやってくれましたなぁ。
20は連れてきたと思うんやけど…」
エドガの口から低く唸るような声がもれる。
その足元には巨大熊(ビッグフット)が折り重なるように倒れている。
どの死体も厚く覆われた毛皮に霜が降りており、
周囲を取り巻く熱気にも溶けることのない冷気を放っている。
「ふぅ……、ま、どうでもえぇですけどな。
弱っちょろい子分なんぼ倒したところで、
わてには傷一つつけられんのやさかい」
と言いつつエドガは肺いっぱいにタバコを吸い込み、
煙を鼻から盛大に吐き出した。
「…弱なったもんですな…、女王はん……」
「………」
コニャックはせせら笑うエドガをただ睨みつけている。
「前までのあんさんやったらわても危のぅなっとったやろけど…。
それが今じゃ、こんなもんかいな?」
「……だまれ…」
コニャックが呻く様に呟く。
「目いっぱいの力で放ったマナ。
何をするかと思ぅとったら雪遊びでっか?
やれやれ…、ガッカリさせて…」
「だまれと言っている!!」
スズを抱く手に力が込められる。
見ればスズの背には三の字に切り刻まれた痕があり、
滴る血がコニャックの手を伝って地面に血だまりを作っている。
裂かれた衣服の奥に透き通るような白い肌が見えていた。
「貴様…、貴様だけは……」
「許せない、…とでも言うつもりでっか?」
顔を伏せるコニャックに、
エドガが言葉を吐いて捨てた。
「弱けりゃ死に、強いもんが生き残る。
あんさんの生きてた場所はそういうところだったんと違いまっか?」
つまらなそうに言うエドガを、
いぶかしげにコニャックが見つめる。
その憎しみの視線に微かな困惑が混じる。
(私が…、生きてた…、場所…?)
理解できない言葉。
モンスターの言うことなどハナから理解できるわけもない。
だが、コニャックはその言葉を無視することができずにいた。
(このモンスターは、私のことを知っている…?)
戸惑うコニャックを怪訝そうにエドガが見る。
「…さっきから変や思うてましたんやけど、
まさかあんさん、自分のことを思い出してないんと違います?」
「………」
エドガのその言葉は、
コニャックの思考を肯定するものだった。
エドガの表情が崩れるように変わっていく。
「アハッ……、アッハッハッハッ!!
これはお笑いや!
冷血冷酷な氷の女王は自分を人間と思ってございってか!?」
エドガが手のひらを目に当てながら笑う。
笑い声は周囲の空気を震わせ、
生み出された風がコニャックの体を押した。
「くっくっくっ、……あぁ、腹痛いわ…。
何年ぶりやろ、こんな大笑いしたの」
エドガが目に溜まった涙を指ではじくと、
地面に落ちる間もなく蒸発して消えた。
「ほんまはあんさんを連れて来い言われてましたんやけど…。
まぁ、そんな調子やったら必要あらへんやろな。
人間の姿のままここで朽ち果ててもらいましょか」
エドガが口に含んでいたキセルを宙に掲げると、
エドガの足元に魔方陣が描かれた。
見慣れたマナの形。
ワープポータル……。
「待て!!
私は何者なんだ!?
貴様は何を知っている!?」
薄れていくエドガの姿にコニャックが叫ぶ。
それは、慟哭だった。
自己の存在への問いかけ…。
「それを話す義理も必要もあんさんにはないんやけど…。
ま、もしここを抜け出られたらルティエにでも行ってみたらどうでっか。
もしかしたら何か思い出すかもしれまへんで?」
鼻で笑うように言葉を発したエドガの姿がマナに包まれ、
その巨体が空気に溶けるように消えた…。
(よかった…。
コニャックは無事のようだな…)
タケはコニャックの目の前からエドガが消えたのを見て
安堵の溜息をつく。
エドガがもしあと一歩でもコニャックに近付いていたら、
すぐに飛び出せるように準備だけはしておいたのだが…。
(まぁ、その時は俺もただではすまなかっただろうな。
こんなことなら水フィストも一緒に持ってくればよかったぜ…)
タケの手には風のマナをまとった手甲がはめられている。
ついさっき『返品だ』と言ったのは自分だということも忘れ、
タケは今度会ったらあのカプラに説教をしなければと考えていた。
「コニャック!
怪我はないか!?」
タケが炎を乗り越えコニャックに近付く。
「ん……、あぁ…、タケさか…。
私は、…私は大丈夫…」
呆然と答えるコニャック。
全てのマナを使い果たした反動だろうか。
その目はタケに焦点が合っていない。
「……スズは、無事なのか…?」
タケがコニャックの腕に抱かれたスズに視線を落とす。
思ったよりもスズの背中の傷は深いようだ。
染み落ちる血が少しずつスズの生命を奪っているのがタケにもわかった。
タケも聖職者の訓練を積んでおり、
ヒールくらいは唱えられるが、
プリーストのそれに比べればどうしても効力は薄くなる。
もちろん、周りに辻ヒールをくれるプリーストなどいない。
「……行こう、コニャック。
皆が教会で待ってる。
ここを抜け出す方法があるらしい。
それに、教会に行けばプリーストだって…」
周りの炎の温度が上がっているようだ。
呼吸をするたびに吸い込む酸素の熱さにむせそうになる。
焦るように言葉を紡ぐタケにコニャックは、
「……私は、行けない」
と、言った。
……………………………………………………
…プロンテラ大聖堂。
プロンテラの北東に位置するこの建物の歴史は古い。
一説では王城が建設されるよりも以前に建てられたとの話があるほどだ。
その古くとも厳かな建造物の中には多数の信者が毎日のように参拝し、
教主が日に何度も説法を行わなければならないほどに盛況な建物も、
モンスターに襲撃された今となってはほとんどの聖職者が出払っており、
内部に一人のクルセイダーを残すのみとなっている。
エリヤ達が用があるのはまさにそのクルセイダーだった。
大聖堂の廊下には赤い絨毯がひかれており、
厳粛なミサの最中でも足音が響かないようになっているのだが、
(さすがにこの大所帯だとそうもいかないなぁ…)
と考えながらマドカは心の中でなんとなく手を合わせておく。
なにせギルドメンバーのほぼ半分だ。
騒がしくなるのも仕方がない。
あれほどの大惨事を潜り抜けてきたにもかかわらず、
全員悪運が強いらしく、かすり傷程度の者がほとんどだった。
タケとコニャック、スズの三人が遅れているようだが…、
あの三人ならきっと大丈夫だろう。
(なんとなく悪運強そうだし…)
マドカは失礼なことを考えながら集団の先頭の方に歩を早めた。
先頭を歩くエリヤはプリースト。
性別的には女性のはずなのだが…、
彼女はいつも黒い男物のローブを好んで見につけていた。
「エリヤさん、本当にこんなところに来て大丈夫なの?
どう考えても袋のネズミ状態なんだけど…」
マドカが疑いの眼差しでエリヤを見る。
大聖堂はプロンテラの北東に位置しており、
裏手には墓地、そして高い城壁がそびえ立っている。
今は聖属性の魔法が大聖堂の建物全体を守っているが、
街中のモンスターを全て退けられるほど強大なものとは到底思えなかった。
「ま、だまされたと思って黙ってついてきなって。
悪いようにはしないから」
そう答えるエリヤの顔には仮面がつけられていた。
エリヤは何故か常にゴブリンの仮面を身につけているのだが、
どうやらこの緊急時にも少しもはずされないものらしい。
普段通り表情の読めないその様子に、
マドカは逆に安心したのだが…、
(って言ったってホントに騙されてたら俺たち終わりじゃんね?)
(だよねー)
すぐ後ろを歩くトラとポートエレンがコソコソと耳打ちしているのを聞いてしまい、
再び不安になってしまうマドカだった。
「ケイナ!」
「エリヤ様!」
大聖堂の突き当たりに一向がたどり着くと、
銀色に輝く甲冑に身を包んだクルセイダーがこちらに走り寄ったかと思えば、
仮面をずらしたエリヤと抱き合っている。
さらに口付け。
さらには……。
「おっと、トラ。
お前は見ちゃいけないよ」
ポートエレンがトラを両手で目隠しをしている。
「な、なんでだよ!
なんかおもしろそうじゃないか!
俺にも見せろ!」
ジタバタと暴れるトラだったが、
敏捷性(AGI)に優れるポートエレンからは逃げられないでいた。
「うわ、すご……。
あんなことまで…」
「うーん、これは確かにR-20指定かも…」
「というかエリヤさん美形ですね…」
「(コクコク)……」
マドカとヒメコ、マイとクララが興味津々と言った面持ちで二人を眺めている。
ちなみにノラとバナナもその場にいたのだが…、
(うーん…、なんか前がつまってるなぁ)
(もうちょっと待っていよっか)
大聖堂の廊下で立ち往生していた。
余談だが、後でその情事の有様を聞いたノラは心底悔しがったという。
閑話休題。
―――おおよそ5分経過―――
「…ふぅ…、無事でよかったよ、ケイナ」
「私も…、とても心配しておりましたわ」
エリヤとケイナが二人だけの世界から帰ってきたようだ。
『終わってるじゃないかー!!』というトラの叫びと、
その拳をヒョイヒョイとかわすポートエレンの姿が見えた気がするが無視しておく。
「ケイナ、あまり時間がない。
さっそくだけど…」
エリヤが仮面を元に戻しながらケイナに向き直る。
「心得ておりますわ。
さぁ、皆様こちらへ…」
ケイナは普段教主が説法の為に立つ教壇の後ろにまわった。
そして…、
「ふぅぅ…、…ハッ!!」
腰から抜いた剣を大上段から振り下ろすと、
木でできた教壇はいとも簡単に真っ二つになった。
「いつ見ても素晴らしい剣技だね…」
エリヤが満足そうにつぶやくと、
「もうそんな、エリヤ様ったら…」
ケイナがクネクネとはじらいのポーズを見せる。
ちなみにそれ以外の面子は最早何も言うつもりもないらしく、
ただ成り行きを見守ることに決めたようだ。
「この下にいざというときの為の隠し通路があります。
奥に進むと三叉路になっていまして、
右に行けば聖カピトーリナ修道院に、
左はゲフェンに、
真ん中の道はアルデバランにそれぞれ繋がっているそうです」
ケイナが説明しながら床板をはずすと、
下へと続く階段が現れた。
長い間使われていなかったのだろう。
階段からはホコリとカビの臭いが僅かに漏れている。
「何故こんなところに階段が…」
「歴代の教主様は異教徒の襲撃から身を守るために
常に自衛の手段を作っていたそうです。
この階段もその一つ。
私たちクルセイダーが常勤するようになったのもそのためなんですよ」
ケイナがえっへんとばかりに胸を張った。
「歴代の教主様には感謝しないとな…」
普段教会に縁のないトラがそう呟いた。
「さぁ、早く行ってください!
聖なる守護魔法がかけられているとはいえ、
ここもそう長くはもたないはずです!」
ケイナが集団を押し込めるように階段のほうに先導する。
「うわっ、ここ段差急だよ!」
「ちょっ、待っ!」
『ガラガラガラ……、ドッシーン!!』
エリヤ以外の面々が階段の下に転がり落ちたのを確認すると、
ケイナはエリヤに向き直った。
「私はここで後続の方々が来られるのを待ちます。
エリヤ様、どうか…、ご無事で…」
「あぁ…、本当に危なくなったらケイナもすぐに逃げるんだよ」
「わかっております…」
二人は別れを惜しむように手を取り合う。
「ケイナ…」
「エリヤ様…」
二人の影が近付いていき、
やがて一つになった…。
暗い地下道を北へと進む一行。
ケイナの言っていた三叉路にはまだ距離的に余裕があるらしい。
人が二人並べば肩が当たってしまうほど狭い道だったが、
光をどれだけ伸ばしてみてもその奥を窺い知ることはできなかった。
「とりあえず歩きながらでいいんだけど、
この後の方針を決めておこうよ」
先頭を進むヒメコがカンテラをやや上にかかげ、
「皆はこのまま北へ進んでも大丈夫だと思う?」
全員の顔に光が当たるようにしてからたずねた。
「モンスターは北からやってきたんだっけか」
「だとしたら、このままアルデに出るのは危険かもしれませんね」
トラとマイが顔を見合わせながら意見を同じくしている。
モンスターが北の森からやってきたのは最早明白であった。
もしアルデ方向にもモンスターの群れが向かっていたとするなら、
アルデに向かうのは自ら死地に飛び込む格好になる。
アルデバランには時計塔という有名なダンジョンがあるが、
街にいる冒険者はそう多くない。
「プロンテラでさえあんなに簡単に落ちちゃったくらいだし…、
もしかしたらアルデバランも、もう…」
目を閉じ、うつむくノラの肩をバナナが優しく二度叩いた。
「私は……、ゲフェンに向かおうと思う」
マドカの言葉に全員が足を止めて向き直った。
「ゲフェンにはマナを半永久的に確保してくれる塔があるし、
冒険者の数も多いからそう簡単には落ちないと思う。
それに……」
「それに?」
ヒメコが次の言葉をうながす。
マドカが頷きながら続けた。
「もしかしたら、
チエ達がゲフェンに来てるかもしれない」
「あ、そういえばグラストヘイムに向かったんでしたっけ」
「そういえばそうだった。
完全に忘れてたな」
マイとトラは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「確かに3人の安否も気に掛かるし、
合流できれば私たちが生き残れる確率も上がるね」
エリヤが頷きながら同調の意思を示した。
「生き残るだなんて…、
なんか今までと全然世界が変わってしまったみたいです…」
クララは独り言のように小さく呟いたつもりだったが、
狭い地下道の中では空気が反響し、
図らずも全員の耳に届いてしまう。
「……すみません」
クララが顔を伏せながら謝る。
一向の中で実力的にも経験的にも劣る彼女だからこその考え。
『もう元には戻らないかもしれない
戻れないかもしれない』
そんな空気が薄暗い地下道を進む一向を取り囲む。
「……今は自分たちにできることをするしかないよ。
前に、進むしか……」
誰が言った言葉かはわからない。
ただその想いは全員が同じだった。
やがて三叉路についた一行は西へと歩みを進める。
その時ゲフェンが壊滅的な打撃を受けていたことを、
まだ彼らは知る由もない…。
To Be Continued………
