2008年5月27日 (火)

『CROSS OVER』第八話

第八話 『交錯のラプソディ』

 私には一種独特の癖があった。
何もすることがないと、
自分だけの空想の世界に入り込んでしまうのだ。
昔話によくあるお菓子の家の話や、
女神の現れる綺麗な泉。
自分を物語の主人公にあてはめて、
平凡な日常をなんとかやり過ごしていた。

 ……もちろん楽しい空想ばかりではなかった。
たとえば……、
家に一人でいるときに、
もし泥棒が入ってきたらどうしようとか、
道を歩いているときに、
もし今足元に大きな穴が開いたらどうしようとか…。
そんな取るに足りない空想。
そして何事もなかったことに安堵し、
退屈な日々に僅かな刺激を自分で作り上げていたのだった。

 もし、プロンテラが火の海に包まれたら…、

  もし、街中で凶悪なモンスターと対峙することになったら…、

 
 もし…、大事な仲間を失うことになったなら……。

   私はいったいどうすればいいのだろう。

「…よくもまぁやってくれましたなぁ。
 20は連れてきたと思うんやけど…」
エドガの口から低く唸るような声がもれる。
その足元には巨大熊(ビッグフット)が折り重なるように倒れている。
どの死体も厚く覆われた毛皮に霜が降りており、
周囲を取り巻く熱気にも溶けることのない冷気を放っている。
「ふぅ……、ま、どうでもえぇですけどな。
 弱っちょろい子分なんぼ倒したところで、
 わてには傷一つつけられんのやさかい」
と言いつつエドガは肺いっぱいにタバコを吸い込み、
煙を鼻から盛大に吐き出した。
「…弱なったもんですな…、女王はん……」
「………」
コニャックはせせら笑うエドガをただ睨みつけている。
「前までのあんさんやったらわても危のぅなっとったやろけど…。
 それが今じゃ、こんなもんかいな?」
「……だまれ…」
コニャックが呻く様に呟く。
「目いっぱいの力で放ったマナ。
 何をするかと思ぅとったら雪遊びでっか?
 やれやれ…、ガッカリさせて…」
「だまれと言っている!!」
スズを抱く手に力が込められる。
見ればスズの背には三の字に切り刻まれた痕があり、
滴る血がコニャックの手を伝って地面に血だまりを作っている。
裂かれた衣服の奥に透き通るような白い肌が見えていた。
「貴様…、貴様だけは……」
「許せない、…とでも言うつもりでっか?」
顔を伏せるコニャックに、
エドガが言葉を吐いて捨てた。
「弱けりゃ死に、強いもんが生き残る。
 あんさんの生きてた場所はそういうところだったんと違いまっか?」
つまらなそうに言うエドガを、
いぶかしげにコニャックが見つめる。
その憎しみの視線に微かな困惑が混じる。
(私が…、生きてた…、場所…?)
理解できない言葉。
モンスターの言うことなどハナから理解できるわけもない。
だが、コニャックはその言葉を無視することができずにいた。
(このモンスターは、私のことを知っている…?)
戸惑うコニャックを怪訝そうにエドガが見る。
「…さっきから変や思うてましたんやけど、
 まさかあんさん、自分のことを思い出してないんと違います?」
「………」
エドガのその言葉は、
コニャックの思考を肯定するものだった。
エドガの表情が崩れるように変わっていく。
「アハッ……、アッハッハッハッ!!
 これはお笑いや!
 冷血冷酷な氷の女王は自分を人間と思ってございってか!?」
エドガが手のひらを目に当てながら笑う。
笑い声は周囲の空気を震わせ、
生み出された風がコニャックの体を押した。
「くっくっくっ、……あぁ、腹痛いわ…。
 何年ぶりやろ、こんな大笑いしたの」
エドガが目に溜まった涙を指ではじくと、
地面に落ちる間もなく蒸発して消えた。
「ほんまはあんさんを連れて来い言われてましたんやけど…。
 まぁ、そんな調子やったら必要あらへんやろな。
 人間の姿のままここで朽ち果ててもらいましょか」
エドガが口に含んでいたキセルを宙に掲げると、
エドガの足元に魔方陣が描かれた。
見慣れたマナの形。
ワープポータル……。
「待て!!
 私は何者なんだ!?
 貴様は何を知っている!?」
薄れていくエドガの姿にコニャックが叫ぶ。
それは、慟哭だった。
自己の存在への問いかけ…。
「それを話す義理も必要もあんさんにはないんやけど…。
 ま、もしここを抜け出られたらルティエにでも行ってみたらどうでっか。
 もしかしたら何か思い出すかもしれまへんで?」
鼻で笑うように言葉を発したエドガの姿がマナに包まれ、
その巨体が空気に溶けるように消えた…。

(よかった…。
 コニャックは無事のようだな…)
タケはコニャックの目の前からエドガが消えたのを見て
安堵の溜息をつく。
エドガがもしあと一歩でもコニャックに近付いていたら、
すぐに飛び出せるように準備だけはしておいたのだが…。
(まぁ、その時は俺もただではすまなかっただろうな。
 こんなことなら水フィストも一緒に持ってくればよかったぜ…)
タケの手には風のマナをまとった手甲がはめられている。
ついさっき『返品だ』と言ったのは自分だということも忘れ、
タケは今度会ったらあのカプラに説教をしなければと考えていた。
「コニャック!
 怪我はないか!?」
タケが炎を乗り越えコニャックに近付く。
「ん……、あぁ…、タケさか…。
 私は、…私は大丈夫…」
呆然と答えるコニャック。
全てのマナを使い果たした反動だろうか。
その目はタケに焦点が合っていない。
「……スズは、無事なのか…?」
タケがコニャックの腕に抱かれたスズに視線を落とす。
思ったよりもスズの背中の傷は深いようだ。
染み落ちる血が少しずつスズの生命を奪っているのがタケにもわかった。
タケも聖職者の訓練を積んでおり、
ヒールくらいは唱えられるが、
プリーストのそれに比べればどうしても効力は薄くなる。
もちろん、周りに辻ヒールをくれるプリーストなどいない。
「……行こう、コニャック。
 皆が教会で待ってる。
 ここを抜け出す方法があるらしい。
 それに、教会に行けばプリーストだって…」
周りの炎の温度が上がっているようだ。
呼吸をするたびに吸い込む酸素の熱さにむせそうになる。
焦るように言葉を紡ぐタケにコニャックは、
「……私は、行けない」
と、言った。

 ……………………………………………………

…プロンテラ大聖堂。
プロンテラの北東に位置するこの建物の歴史は古い。
一説では王城が建設されるよりも以前に建てられたとの話があるほどだ。
その古くとも厳かな建造物の中には多数の信者が毎日のように参拝し、
教主が日に何度も説法を行わなければならないほどに盛況な建物も、
モンスターに襲撃された今となってはほとんどの聖職者が出払っており、
内部に一人のクルセイダーを残すのみとなっている。
エリヤ達が用があるのはまさにそのクルセイダーだった。

 大聖堂の廊下には赤い絨毯がひかれており、
厳粛なミサの最中でも足音が響かないようになっているのだが、
(さすがにこの大所帯だとそうもいかないなぁ…)
と考えながらマドカは心の中でなんとなく手を合わせておく。
なにせギルドメンバーのほぼ半分だ。
騒がしくなるのも仕方がない。
あれほどの大惨事を潜り抜けてきたにもかかわらず、
全員悪運が強いらしく、かすり傷程度の者がほとんどだった。
タケとコニャック、スズの三人が遅れているようだが…、
あの三人ならきっと大丈夫だろう。
(なんとなく悪運強そうだし…)
マドカは失礼なことを考えながら集団の先頭の方に歩を早めた。
先頭を歩くエリヤはプリースト。
性別的には女性のはずなのだが…、
彼女はいつも黒い男物のローブを好んで見につけていた。
「エリヤさん、本当にこんなところに来て大丈夫なの?
 どう考えても袋のネズミ状態なんだけど…」
マドカが疑いの眼差しでエリヤを見る。
大聖堂はプロンテラの北東に位置しており、
裏手には墓地、そして高い城壁がそびえ立っている。
今は聖属性の魔法が大聖堂の建物全体を守っているが、
街中のモンスターを全て退けられるほど強大なものとは到底思えなかった。
「ま、だまされたと思って黙ってついてきなって。
 悪いようにはしないから」
そう答えるエリヤの顔には仮面がつけられていた。
エリヤは何故か常にゴブリンの仮面を身につけているのだが、
どうやらこの緊急時にも少しもはずされないものらしい。
普段通り表情の読めないその様子に、
マドカは逆に安心したのだが…、
(って言ったってホントに騙されてたら俺たち終わりじゃんね?)
(だよねー)
すぐ後ろを歩くトラとポートエレンがコソコソと耳打ちしているのを聞いてしまい、
再び不安になってしまうマドカだった。

「ケイナ!」
「エリヤ様!」
大聖堂の突き当たりに一向がたどり着くと、
銀色に輝く甲冑に身を包んだクルセイダーがこちらに走り寄ったかと思えば、
仮面をずらしたエリヤと抱き合っている。
さらに口付け。
さらには……。
「おっと、トラ。
 お前は見ちゃいけないよ」
ポートエレンがトラを両手で目隠しをしている。
「な、なんでだよ!
 なんかおもしろそうじゃないか!
 俺にも見せろ!」
ジタバタと暴れるトラだったが、
敏捷性(AGI)に優れるポートエレンからは逃げられないでいた。
「うわ、すご……。
 あんなことまで…」
「うーん、これは確かにR-20指定かも…」
「というかエリヤさん美形ですね…」
「(コクコク)……」
マドカとヒメコ、マイとクララが興味津々と言った面持ちで二人を眺めている。
ちなみにノラとバナナもその場にいたのだが…、
(うーん…、なんか前がつまってるなぁ)
(もうちょっと待っていよっか)
大聖堂の廊下で立ち往生していた。
余談だが、後でその情事の有様を聞いたノラは心底悔しがったという。
閑話休題。

―――おおよそ5分経過―――

「…ふぅ…、無事でよかったよ、ケイナ」
「私も…、とても心配しておりましたわ」
エリヤとケイナが二人だけの世界から帰ってきたようだ。
『終わってるじゃないかー!!』というトラの叫びと、
その拳をヒョイヒョイとかわすポートエレンの姿が見えた気がするが無視しておく。
「ケイナ、あまり時間がない。
 さっそくだけど…」
エリヤが仮面を元に戻しながらケイナに向き直る。
「心得ておりますわ。
 さぁ、皆様こちらへ…」
ケイナは普段教主が説法の為に立つ教壇の後ろにまわった。
そして…、
「ふぅぅ…、…ハッ!!」
腰から抜いた剣を大上段から振り下ろすと、
木でできた教壇はいとも簡単に真っ二つになった。
「いつ見ても素晴らしい剣技だね…」
エリヤが満足そうにつぶやくと、
「もうそんな、エリヤ様ったら…」
ケイナがクネクネとはじらいのポーズを見せる。
ちなみにそれ以外の面子は最早何も言うつもりもないらしく、
ただ成り行きを見守ることに決めたようだ。
「この下にいざというときの為の隠し通路があります。
 奥に進むと三叉路になっていまして、
 右に行けば聖カピトーリナ修道院に、
 左はゲフェンに、
 真ん中の道はアルデバランにそれぞれ繋がっているそうです」
ケイナが説明しながら床板をはずすと、
下へと続く階段が現れた。
長い間使われていなかったのだろう。
階段からはホコリとカビの臭いが僅かに漏れている。
「何故こんなところに階段が…」
「歴代の教主様は異教徒の襲撃から身を守るために
 常に自衛の手段を作っていたそうです。
 この階段もその一つ。
 私たちクルセイダーが常勤するようになったのもそのためなんですよ」
ケイナがえっへんとばかりに胸を張った。
「歴代の教主様には感謝しないとな…」
普段教会に縁のないトラがそう呟いた。
「さぁ、早く行ってください!
 聖なる守護魔法がかけられているとはいえ、
 ここもそう長くはもたないはずです!」
ケイナが集団を押し込めるように階段のほうに先導する。
「うわっ、ここ段差急だよ!」
「ちょっ、待っ!」
『ガラガラガラ……、ドッシーン!!』
エリヤ以外の面々が階段の下に転がり落ちたのを確認すると、
ケイナはエリヤに向き直った。
「私はここで後続の方々が来られるのを待ちます。
 エリヤ様、どうか…、ご無事で…」
「あぁ…、本当に危なくなったらケイナもすぐに逃げるんだよ」
「わかっております…」
二人は別れを惜しむように手を取り合う。
「ケイナ…」
「エリヤ様…」
二人の影が近付いていき、
やがて一つになった…。

 暗い地下道を北へと進む一行。
ケイナの言っていた三叉路にはまだ距離的に余裕があるらしい。
人が二人並べば肩が当たってしまうほど狭い道だったが、
光をどれだけ伸ばしてみてもその奥を窺い知ることはできなかった。
「とりあえず歩きながらでいいんだけど、
 この後の方針を決めておこうよ」
先頭を進むヒメコがカンテラをやや上にかかげ、
「皆はこのまま北へ進んでも大丈夫だと思う?」
全員の顔に光が当たるようにしてからたずねた。
「モンスターは北からやってきたんだっけか」
「だとしたら、このままアルデに出るのは危険かもしれませんね」
トラとマイが顔を見合わせながら意見を同じくしている。
モンスターが北の森からやってきたのは最早明白であった。
もしアルデ方向にもモンスターの群れが向かっていたとするなら、
アルデに向かうのは自ら死地に飛び込む格好になる。
アルデバランには時計塔という有名なダンジョンがあるが、
街にいる冒険者はそう多くない。
「プロンテラでさえあんなに簡単に落ちちゃったくらいだし…、
 もしかしたらアルデバランも、もう…」
目を閉じ、うつむくノラの肩をバナナが優しく二度叩いた。

「私は……、ゲフェンに向かおうと思う」
マドカの言葉に全員が足を止めて向き直った。
「ゲフェンにはマナを半永久的に確保してくれる塔があるし、
 冒険者の数も多いからそう簡単には落ちないと思う。
それに……」
「それに?」
ヒメコが次の言葉をうながす。
マドカが頷きながら続けた。
「もしかしたら、
 チエ達がゲフェンに来てるかもしれない」
「あ、そういえばグラストヘイムに向かったんでしたっけ」
「そういえばそうだった。
 完全に忘れてたな」
マイとトラは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「確かに3人の安否も気に掛かるし、
 合流できれば私たちが生き残れる確率も上がるね」
エリヤが頷きながら同調の意思を示した。
「生き残るだなんて…、
 なんか今までと全然世界が変わってしまったみたいです…」
クララは独り言のように小さく呟いたつもりだったが、
狭い地下道の中では空気が反響し、
図らずも全員の耳に届いてしまう。
「……すみません」
クララが顔を伏せながら謝る。
一向の中で実力的にも経験的にも劣る彼女だからこその考え。
『もう元には戻らないかもしれない
 戻れないかもしれない』
そんな空気が薄暗い地下道を進む一向を取り囲む。
「……今は自分たちにできることをするしかないよ。
 前に、進むしか……」
誰が言った言葉かはわからない。
ただその想いは全員が同じだった。
やがて三叉路についた一行は西へと歩みを進める。

 その時ゲフェンが壊滅的な打撃を受けていたことを、
まだ彼らは知る由もない…。

            To Be Continued………

『CROSS OVER』第七話

第七話 『盲目のレクイエム』

「……大体だな、カプラサービスというものは…」
「……はいぃぃ…」
風フィストをタケに手渡し、
カートに戻ろうとするWを呼び止めてから10分ほどが経っている。
その間Wはずっとタケの小言を正座しながら聞かされていた。
(あ、脚が……)
硬い地面の上に正座する、
それがどれほどの痺れをもたらすものかは想像に難くない。
Wはタケのお説教を聞く代わりに、
自分の頑張っている脚に全神経を集中させていた。
「…つまりお前の態度は全然なってないってことだ。
 その点ディフォルテーさんは…」
「タケー!
 大変なことが…、
 ってあなた、何やってるの…?」
タケがお気に入りのカプラ娘を褒めちぎろうとしたそのとき、
背後から待ったの声が掛けられる。
振り返るとそこにはよく見知った顔が、
呆れたような情けないようななんとも言えない表情で立っていた。
赤を基調にした衣服は知性の象徴。
あらゆる知識と魔術を修得した証に身を包んだ冒険者を、
人は教授(プロフェッサー)と呼んでいる。
「なんだ、マドカか。
 いや、今この小娘に真のカプラ精神というものをだな」
「あなたがどれだけカプラに造詣が深いかは知らないけど…、
 それより、その子もう限界っぽいよ?」
「ん?」
タケが振り向くとマドカの言葉通り、
Wが目を白黒させながら痺れに耐えていた。
どうやらとうにレッドゾーンを超えてしまっているらしい。
「俺は正座しろなんて言ってないんだがな…」
タケが頭を掻きながらマドカに向き直る。
「で…?
 なんか俺に用事があったんじゃないのか?」
「!?そうなのよ!
 大変!大変なんだから!」
「大変なのはわかった…。
 その先を教えてくれ。
 ゆっくりと」
大事なことを思い出したとばかりに焦るマドカを落ち着かせるタケ。
「う、うん…。
 えっとね…」

 マドカの話は衝撃的なものだった。
キメラは街中に現れたわけではない。
街の外からやってきたと言うのだ。
「モンスター達はこのプロンテラの遥か北からやってきたの。
 やつらは一旦プロンテラの北で二つに別れて…」
マドカが左右の手を離し、
「西と東の門から攻め込んできたみたい」
体の前で手を合わせる。
プロンテラの東西は南に比べ露天商の数も少なく、
それに比例するように冒険者達もそれほど多くいるわけではない。
「今は必死に支えているけど…、
 時間の問題かも…」
先ほどのキメラは位置的に西の門を抜けてきたということなのだろう。
あれほどのモンスターがここにいたということは…。
「もう西の門は絶望的かもしれないな…」
タケが険しい顔で溜息をついた。
「私は東門の近くにいて襲撃を受けたの。
 そのときは撃退したんだけど…、
 まだその遠くからたくさんのモンスターが来ているのが見えたんだ」
言われてみればマドカの着衣は所々擦り切れている。
「でも南門の外には臨公広場もあるし、
 こっちはまだまだ冒険者もいると思って、
 援軍を呼ぼうと思ったの」
「なるほどな。
 だが…」
「だが?」
マドカの頭の上に?マークが浮かぶ。
「見りゃわかるだろ?
 ここら辺の冒険者たちは…」
タケが苦渋の顔で辺りを見回し…、
その表情が驚きのそれに変わった。
「………どうなってんだ?」
そこにはタケ達以外何もなかった。
無数に転がる死体も、
おびただしいばかりに飛び散った血痕も、
あの矢の刺さった娘さえも…。
全てが何もなかったかのように消え去っていた。
いつもとは違い静かな街並みではあったが、
凄惨なまでに広がった死の光景はかけらも残っていなかった。
「?
 どうしたっていうのよ、タケ」
マドカが動かなくなったタケに声をかける。
タケの体は…、震えていた…。
「人が…!
 人が死んだんだ!
 大勢っ……!」
「え……?」
マドカの目が見開かれる。
見ればキメラの巨体が風化したように空気中に霧散していくところだった。
キラキラと光るマナの塵になって…。
「……なんなんだ…?
 人間も…、モンスターも…、
 死ねば一緒ってことなのかよ…、くそっ!!」
「あっ!タケ!?」
マドカの静止の声にも耳を貸さず、
タケはプロンテラの中心へ走り去っていった。
「何が…、起こっているの…?」
混乱する頭の中を代弁するようにマドカは呟く、そのとき、
「あ…、あのぉぉぉぉ……」
かすれるほどに細い声にふと我にかえる。
「も、もう脚をほどいてもよろしいでしょうかぁぁ……?
 わた…、ひゃうっ!
 うぅぅ…、私もう…、げ、限界が……」
いままでずっと正座の姿勢でいたであろうWが、
とうとう耐え切れなくなったらしくマドカに震える手を伸ばしている。
マドカはその手をギュッと握り返し、
「あなた、さっきここで何があったか知っているわね?」
真剣な眼差しでWの大きく丸い目を見つめる。
「ふ、ふえ…?」
「いったいここで何があったの!?
 ほら、はやく教えて!」
Wの手を握ったままぶんぶんと腕を上下させるマドカ。
「いたっ!あひゃっ!はうっ!
 い、言います!
 言いますから…、手を放してくださぁぁぁぁぁい!!」
体をガックンガックンさせながらWは泣きながら懇願したのだった。

 モンスター達の突然の襲撃は、
平和なプロンテラを地獄へと変えた。
多くの冒険者を擁するこの街には、
より多くの住民が生活している。
最も先に狙われたのは、
抵抗する術を持たないか弱き者達だった。
家は壊され、木々はなぎ倒され、
軒を連ねる屋台は全て修理が不可能なまでに破壊された。
そして、それらを拠り所としていた住民達は、
喰われ、犯され、殺された。

「うらぁぁぁぁぁぁ!!」
『パキャッ!!』
タケの放った一撃が食人鬼(ハイオーク)の頭蓋を砕く。
ハイオークの血と脳みそが、
タケと、
直前まで犯されていた女の裸体に飛び散った。
「…………」
冒険者だったのだろうか。
程よく鍛えられたその身体には、
斧で斬りつけられた傷が生々しく残っていた。
血は既に乾いているが…、
うつろな目はもはや光を宿してはいない。
「ゲスが……」
タケは自分の肩にかけていたマフラーをはずし、
女の遺体にかけようとした。
が、魂が抜け落ちた冒険者の身体は、
細かいマナの粒になって空気中に消えた。
「……」
険しい顔でマフラーを自分の体に巻き付けなおしたタケの体が、
『ズオォォォォォォ!!』
強い不可視の衝撃に揺れる。
「!?
 なんだ!今度はなんだってんだ!?」
次いで来る爆音と熱風。
そして、悲鳴と、緋色の視界…。
揺らめく空がその温度の高さを物語っている。
その炎はプロンテラの中心から上がっているようだった。
(火事……、じゃない!
 あれは、魔法の……)
「タケ!」
呼ばれた自分の名前に現実に引き戻される。
『クエェッ!』
タケの視界が手綱を引かれた巨鳥(ペコペコ)で埋められた。
視線を僅かに上に向けると、
炎に照り返された銀の鎧に身を包む騎士(ナイト)が荒い息を吐いている。
「怪我はない!?」
「ヒメコ!
 何が起こってる!?
 あの炎はなんだ!?」
ヒメコと呼ばれたナイトが赤く震える空を見つめる。
その瞳に炎が揺らめいた。
「わからない…。
 誰かが火を放ったか…、それとも…」
そこまで言ってヒメコが口をつぐむ。
理解したくなかったが、
言われなくてもわかってしまった。
(モンスターが既にあそこまで迫ってきたか、だ…)
タケが拳を握り締める。
街の中心部は文字通りプロンテラの心臓部。
四方を内部から攻められる場所である。
そこを落とされたとするならば、
いかに門を守ろうとも内から崩されるだけだ。
「今トラとポトが東門を守ってるけど、
 たぶんもう限界。
 逃げるんなら早くしないと…」
ヒメコがペコペコのクチバシをタケに向けながら言う。
ペコペコの足はモンスターよりも速い。
逃げるには持ってこいだが…。
「…だが、どうやって?
 門は全てモンスターでふさがれている。
 ワープポータルも使えないんだぞ?」
「エリヤに何か考えがあるみたい。
 街にいる皆を集めて大聖堂まで来て欲しいって」
早く後ろに乗れと、
ペコペコの鞍を叩くヒメコ。
辺りに視線をやれば、
炎を乗り越えながら腐乱死体(グール)達が群れをなし、
こちらに迫ってきているのが見えた。
「のんびりしている時間はないみたいだな…」
タケがペコペコにまたがるのとほぼ同時に、
ヒメコは手綱を引き、
全速力で駆け出した。

「大聖堂にはもう全員集まっているのか?」
風のように駆けるペコペコの鞍上で、
タケはヒメコに尋ねた。
速さと不安定さに加え、
慣れない感覚に舌を咬みそうになる。
「私が声をかけた人は全員が向かっているはず。
 ただ…」
タケから表情は見えないが、
その口調でヒメコの顔が曇ったのがわかった。
「ただ?」
「コニャックとスズにだけ会えてないの…。
 無事に逃げ出してくれてるといいんだけど…」
ヒメコがうめくようにそう言った。
この街の状況を考えれば、
無事にこの街から逃げ出すのは不可能に思えた。
迫るモンスターと炎は勢いを増し、
周りの死肉を喰らっている。
その食料がなくなれば、
次は自分たちに襲い掛かってくるだろう。
東門へと至る道をペコペコが通り抜けようとしたその時、
タケの視界の端に何かが映った。
青い髪に、碧の眼…。
あれは…。
「ヒメコ!止めてくれ!」
タケの言葉にヒメコが強く手綱をひいた。
『クエェェェェッ!!』
全速力で走っていたペコペコが非難するように甲高く鳴く。
「どうしたの?
 ここは戦いも激しいから早く離れないと…!」
ヒメコが後ろを振り向きながら言う。
夢中で走っていたときは感じなかったが、
周りからは鉄がぶつかり合う音や魔法を詠唱する声が
重なり合って聞こえてくる。
「コニャックだ!
 コニャックが街の中心にいた!」
一瞬の時間しかなかったが、
タケには確信があった。
タケの言葉に一瞬苦悶の表情を見せたヒメコだったが、
「でも…、もう時間がないよ!
 このままだと私たちまでモンスターと炎にやられちゃうよ!」
どうやら東門付近もモンスターが優勢のようだった。
ここからさほど遠くない場所で、
一人のナイトが断末魔の叫び声をあげながら絶命するのが見える。
「……放っておけるか!」
『パシィッ!』
タケは一瞬の逡巡の後ペコペコから飛び降り、
羽毛に覆われた臀部を手で叩く。
『クエッ!?』
突然の痛みに驚いたペコペコは一声鳴くと、
再び大聖堂に向かって走り出した。
「タケ!?」
「行け!
 10分待って来なかったら先に逃げろ!」
タケは遠ざかるヒメコにそう叫ぶと街の中心部へ駆け出した。

 意外なことに中心に行けば行くほどモンスターの数は少なかった。
強すぎる炎に焼かれ死んでしまったのかもしれない。
走るタケもその灼熱の炎に皮膚を焼かれそうになる。
次第に近付く仲間の姿。
どうやらコニャックは人を抱えているように見えた。
遠目ではよくわからなかったが、
衣服から見てスズのようだ。
そして、コニャックを挟んでその奥に立つのは、
動物の中で最上位に位置するモンスター。
虎王(エドガー)だった。
エドガーが悠然とキセルをくわえ、
煙をくゆらせている。
(……やつが、この炎の元凶なのか…?)
エドガーから視線をはずし、
声が届きそうなほどに近付いたコニャックを見る。
…が、タケはその表情に違和感を覚えた。
普段のコニャックならば決して見せないその感情。
怒りと、憎しみ。
いや、それらの表現では生温いかもしれなかった。
あえて言い表すとしたならこの言葉が近いかもしれない。

即ち…、

殺意と…。

               To Be Continued……

『CROSS OVER』第六話

第六話 『瞬間のセレナーデ』

 古木の枝、というマジックアイテムがある。
成長した大木は自然界からマナを吸収し、
その木から取れる枝を折ると、
枝に吸収されていたマナが開放され、モンスターを召喚することができる。
「チッ…、また誰か枝を折りやがったのか?」
タケの言葉通り、
時折マナーの悪い冒険者が、
遊び半分で街中で枝を折ることがあった。
そのたびに露店を開いている商人や雑談を楽しむ冒険者達が襲撃され、
迷惑をこうむっている。
ガーゴイルの後ろには、
若い少女が倒れているのが見えた。
おそらく目の前にいるモンスターの被害者だろう。
僅かに体が上下しているところを見ると、
どうやまだ息があるらしい。
タケがガーゴイルにつめよる。
射程距離に入ってきた敵を迎え撃とうとガーゴイルが弓を構えるが、
矢が放たれるよりも一瞬早く、
タケの手にした鈍器がガーゴイルの頭部を砕いていた。
生々しい感触と醜い悲鳴を残して、
ガーゴイルが地面に落ちる。
「ふぅ…。
 さて、あとは…」
一息ついたタケが先ほどの少女にゆっくりと近付く。
「大丈夫か?
 今ヒールをかけて…」
『ヒュッ……ズッ!!』
タケの言葉を遮るように風切り音が鳴り、
少女の背中に矢が生える。
「なっ…!?」
驚愕に目を見開きながら、タケが後ろへと飛び下がる。
少女は矢が刺さった瞬間僅かに体を痙攣させたが、
その後はまったく動かない。
矢は少女の首を貫き、地面近くにその先端を晒している。
一滴、また一滴と赤い血が地面に染み込んでいくのが見えた。
恐らく…、致命傷…。
タケが矢の飛んできた方向を確認しようと顔をあげる、
その瞬間、
人の頭ほどもある岩のように硬い拳がタケを襲った。
「ぐあっ!!」
ガードが間に合わない。
まともにくらい、後方にふき飛ばされる。
受身は取ったものの、背中をしたたかに打ち付けてしまった。
肺から逆流する空気に咳き込む暇すら与えられず、
自分に向けて放たれた何本もの矢を身をよじるように避ける。
転がった勢いを利用して立ち上がったタケは、
背中に残る激痛にこらえながら、
前方を見据えた。
毛深い脚には牛のような蹄。
自在に動く五本に分かれた尾の先端は蛇の頭が口をあけ、牙を見せている。
揺らめくたてがみは獅子のそれだ。
多くのモンスターが入り乱れた合成獣。
「キメラ…、だと…?」
それがそのモンスターの名前だった。

 何故気が付かなかったのだろう。
街中にガーゴイルが出ていれば、
他の冒険者が黙っているはずがないのだ。
多くの冒険者が滞在するこのプロンテラ。
モンスターが現れればたちまちに押し囲み、
殲滅するのが暗黙のルール。
それがこうして被害が現れるまで放置されていたということは、
露天商たちが昼寝をしているか、
「………」
全滅しているかだ…。
あたりを見回せば無数の、恐らく死体であろう人間の体が転がっている。
全身を矢で貫かれた者…。
頭から完全に潰されている者…。
生者の気配がまったくしない。
聞こえる呼吸音は自分と、目の前の醜悪な怪物達のものだけだ。
キメラが雄たけびをあげる。
と、周りを飛んでいたガーゴイル達がタケの周囲を取り囲み、
一斉に弓を引き絞った。
「俺が最後の哀れな子羊ってわけか…。
 だが…」
鈍器を構えたタケの体からマナの闘気が燃え盛る。
獅子を模した怪物の表情に笑みが浮かび、
短い、しかし明らかな殺意をこめて鳴いた。。
「…この羊は、ちょっとばかり手ごわいぜ?」
不敵に笑うタケに向けて、
有翼のモンスターから死をもたらす矢が放たれた。

 絶望的なまでの死の到来だった。
一歩間違えればタケもまた、
地面に転がる死体の一つに数えられていただろう。
放たれた全ての矢が急所を的確に狙っていた。
(ならばそれを見越して動くまで…!)
まるで舞いのような動きの一つ一つに意味があった。
かわし…、払い…、受け…、いなす…。

 最後の矢が固い地面に当たり、
甲高い音を立てた。
その時タケは初めて、
ガーゴイルに笑み以外の表情があることを知った。
困惑と、恐怖だ。
一番近いガーゴイルに接近し、
その顔を横殴りに潰す。
悲鳴をあげることさえ許さない一撃だった。
包囲網が解かれたことに焦るガーゴイルの群れが、
慌てて次の矢をつがえ始める。
「遅い!」
ガーゴイルの動きに比べ、
タケは迅速だった。
先刻放たれた矢のようにガーゴイル達を次々に屠っていく。
もしガーゴイル達に自由があったのなら、
この敵から逃れるために空高く飛んでいっただろう。
しかし、キメラに召還されたその身では叶わない望みだった。
『グシャァァ!』
最後のガーゴイルを地面に叩き潰すと、
タケはゆっくりとキメラに向き直る。
怪物は怒っていた。
自分の部下達を全滅させられたことよりも、
目の前の虫けらが生きていること、
それが何よりも許しがたいことのようだった。

「あ!あった~♪
 お客様~、ありまし…えぇぇぇぇぇぇ!!?」
Wと名乗ったカプラ職員のものだろう。
後方からひときわ甲高い叫び声があがる。
タケは振り向くことなくWに怒鳴った。
「それを貸せ!」
「え…、で、でもぉ…」
「いいからこっちに投げろ!!」
「は、はぃぃぃ!!」
怯えたような声を乗せて、
それは空中に放り投げられる。
タケが目算したその落下地点は…、
自分とキメラの中間だった…。
「ば、馬鹿野郎!
 どこ投げてんだ!」
慌てて駆け出すタケ。
それを見てキメラが悠然と拳を振りかぶる。
「ご、ごめんなさぁぁ~~い!!」
という声が聞こえるが完全に無視。
キメラの拳がうなりをあげ、
タケに一直線に迫る。
タケはその拳を蹴り上げると同時に空中に飛び、
放り投げられた自分の相棒を捕まえた。

+10強いイッテツの水フィスト。

今まで貯めに貯めた全ての私財を投げ打って揃えた、
属性手甲の一つだ。
「三段掌!」
キメラを飛び越え背後に降り立ったタケが、
その背中に三度、手甲をつけた拳打ち付ける。
手甲に込められた氷のマナが、
空気中の酸素とまじり、キラキラと光を放った。
「連打掌!」
続けて二度、キメラの背中を激痛が走った。
キメラの口から苦悶の声が漏れる。
背後の敵に再び拳を打ち付けんと振り返ったキメラの頭に、
「猛龍拳!」
タケの拳が撃たれた。
龍の咆哮のような打撃音。
キメラが頭から緑色に汚れた血を噴出させる。
「我が拳は紫光の雷電にして羅刹の炎!
 刻め!連柱崩撃!!」
腰溜めに構えた拳から繰り出される無数の衝撃が、
キメラの全身を襲った。
マナの氷気がキメラの肌を覆い、
タケの闘気がそれを打ち砕く。
キメラの瞳から光が抜け落ち、
『ズズウゥゥン……!』
その巨大な体を地に沈めた。

「お客様!
 だ、大丈夫ですか!?」
Wがガーゴイルの死体を飛び越えこちらにやってくる。
意外と肝は据わっているほうなのかもしれない。
さすがにキメラの死体の横は恐る恐る通り過ぎていたが。
「おい」
「はい、なんでしょう?」
Wがニコニコと微笑みながらタケを見つめている。
窮地を救ったことを褒めてもらえるとでも思っているのだろう。
しかし、
『ゴツン!』
「あいたっ!!」
Wにもたらされたのは期待のものではなく、
タケのゲンコツだった。
「痛いですぅぅぅ…。
 な、何するんですかぁ!?」
よほど痛かったのだろう。
頭をさすりながら涙目になっているWに、
タケが呆れ顔で言う。
「俺が頼んだのは風フィストだ。
 これは水フィスト。
 返品だ」
「えっ…?」
目の前に差し出された水フィストと、
タケの言葉にキョトンとしたWだったが、
「あ、あはははははは…」
内容と雰囲気を察知して笑いながら頭を掻いている。
タケの額に怒りマークが浮かんだ。
「早く持ってこいっ!!」
「す、すみませぇぇぇん!!!!」
タケの怒鳴り声を受けて、、
Wはあたふたしながらカートまで走っていった。

             To Be Continued………

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